人間ってヤツは…

刺龍堂では彩纏SaiTen、そして彫る人間を彩纏師と言うが、一般的には刺青、TATTOOというものを彫る仕事。彫師と呼ばれるこの仕事。

色々な国を廻り、辿り着いた先がここだった。(まだ、旅の途中で、とりあえずではあるが)。

いつの間にか、もう十年近くが経過しようとしている。
そしてこの仕事を通じて、ここに居ながらにして旅と同じように、色々な世界の人達と出会えた。

ある国の奥地に生まれながら、その才能から人生を開花させた人物。
ある国の国立公園の中、彼の家に繋がる家までの道を通してしまう程の人物。
ある世界的に有名ブランドのデザイナー達。
ある世界的有名バンドやアーティストをプロデュースする人物。
腕利きの弁護士、世界的な名医と呼ばれる医師、石油の国の計り知れない富豪。
何年もの間、世界の高級ホテルを渡り歩き、旅を続ける人。
地球の裏側から、じゃあ行くよと、近所のように訪ねてきてくれる人達。
勿論、普通に暮らす、普通の人達も沢山いる。

しかし、多くは皆、気持ち良いほどに自由で個性的な人々だ。

そう。僕は彫る側の人間だ。
そんな僕から見て、不思議に思う事がある。

それは「刺青」というものが独り歩きしているという事だ。

僕から言わせてもらえば、あくまでTATTOOも刺青も言い方は悪いが、所詮は「絵」だ。ただの絵でしかない。
その人間の本質が変わるわけでもない。入れて強くなるわけじゃない。
洋服や髪型と同じ、その人間を表現する一部でしかない。

なのに何でだろう?

それを威嚇の為に、これみよがしに、どうだと言わんばかりに見せつけたり、逆に隠す必要があったり。
勿論、これまでの歴史的、文化的な背景はある。
しかし、ただの絵に対して、あまりにも過敏になり過ぎてやしないか、と思うのだ。良くも悪くも。

何か悪い事が起きた時、「刺青を入れた人間が」となる。逆に良い事をした時に、「刺青を入れた人間なのに」となる。

でも待って欲しい。
所詮は人種やファッションと同じく、あくまで表面的な事でしかない。
それは物事の本質に迫ってはいない。

大事なのは、「刺青を入れた人間が」ではなく、その先、「その人物が、何をしたのか」ではないだろうか?

とは言え昨日、ホントにチョロっと小さなトライバルを入れた男が、町中で暴れ、人を恫喝していた。それを見れば、多くの人が「刺青入れてるヤツって最低だな」という印象を持つだろう。まあ、確実に。

本来なら、刺青を入れているからじゃなく、「そいつが最低」なだけなのだが。

この問題はなかなか解決の糸口が見えないが、とにかく僕が言いたいのは、それに「振り回されるな」って事。

入れたからといって、それが銃や刃物と違って武器にはならない。絵だから(錬成陣とはわけが違う)。
普通の絵で威嚇しようなんて事自体が、まともな考え方ではないんだ。

入れたからといって、その人物が急に悪人になるわけでも、善人になるわけでもない。絵だから。

そんな便利な代物でも、物騒な代物でもないんだ。
主役は刺青でも、何でも無い。
自分なんだよ。

もっと自分を持とうぜ。

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